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それぞれの山 

それぞれの山 山のソナタ集

剱岳
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針ノ木岳からの黒部湖と剱岳

 別山乗越に辿り着くと
目の前に岩の壁のような剱岳が飛び込んでくる。
初めて目にしたときの衝撃を忘れたことはない。
剱沢の底から競り上がってくる岩の塊は風景を超えて胸に迫る。
幾重にも重なり合う岩尾根は竜の背のように空間を切り裂いて行く。
時には引きちぎるような雲の流れに向かって、
あまりにも鋭く切れすぎた片翼を伸ばした山容は
偉大なものへの未完成な叫びに似て爽やかだ。
剱岳と対峙するとき、
常に自分の至らなさを思わずにはいられない。
あるひとときの、ひと吹きの風が何か重いものを底深くに残すように。
全てのものがぶつかり、
全てのものを捉えて離さない、
そして尚、有り余る空間を支えて、
剱岳はそこを訪れ、
その懐に懐かれ、岩に触れ、
思いを果たした者たちに何か重いものを残すであろう。

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別山乗越からの剱岳

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剱沢滑降

苗場山
池糖の天幕場小


痩せた急な尾根を黙々と登って、
そうして辿り着いた山頂台地。
声を上げずにはいられない驚くばかりの景観。
湿地とそこに点在する池塘の風景が見渡す限り広がっていた。
忽然と現れた憧憬の世界で言葉もなくただ佇む。
ワタスゲの穂が風に揺れる夕暮れ、
ひとつ、と歩いて柔らかい土を踏みしめ
ふたつ、と歩いてふわふわの芝草を踏みしめる。
鈴木牧之の北越雪譜の碑をなぞって読む。
傾く夕暮れの陽は淡く、遠くの山波に静かな影を送る。
鳥甲山や岩菅山に囲まれた台地をそぞろ歩いて行く気分。
点在する池塘が鏡のように空を写して、その水面を雲が流れてゆく。
みどり色と緑色と碧色が重なり合った草原に風がそよぎ、
果てしない世界が広がってゆく。
だあれもいない湿原のただ中で大小の池塘を歩いて過ごしたひととき。
夏の盛りでさえも静かな天幕地には小さなツエルトがひとつ。
星を仰いで床につけば湿原はおおらかな眠りに就く。
 
 人生の中でどれだけの山に登れるか、
それは少しも重要な事ではない。
それは数ではなく、線でも面でもない。
旅に終わりがないのは出会いと感動を繰り返しながらも、
人との交わりに終わりがないからだ。
ただ素晴らしい風景だけを語っているのではない、
思われる自分ではなく見られる自分の領域を踏み出して
人を見る時の自分を素直に語れる人間でありたいと思う。

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谷川連峰から見れば平らな山頂が目印

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懐深くサゴイ沢が魅力だ。

苗場山木道
沢から湿原へ、
苗場山雪源
スキーで行くなら秋山郷から、冬は雪源



北岳
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 最後の斜面を駆け上がるようにしてよじ登ると、
そこが終了点であった。
遙か大樺沢の流れ、行く手には北岳の頂、
足元にはバットレスが落ち込んでいた。
絶頂の花たちに夢を見続けた日の夏の北岳。
雪稜にトレースを踏み続けた仲間たちとの厳冬の北岳。
そして今、バットレスの北岳。

 北岳、その響きの中に思い続けたひとつの憧れがあるとするなら、
憧れは今、確かなものとなった。
子供が出来てからの岩登り。
それがたとえばバットレスを舞台にしてゆけたことの嬉しさ。

 どうして人は結婚をひとつの区切りにして
何かの終了点にしてしまうのだろうか。
家庭を考えることは決して理想や夢を切り捨てることではない。
ましてや外に向かうことに卑屈になるべきものでもない。
理想や憧れを追い続ける姿こそ愛する人には必要なのではないだろうか。
子供はそんな瞳に見つめられてこそ、
未知と未来に興味を持てる生き方を学んで行ける。
愛、これはいつも不確かなものかも知れないが、
憧れを知る人の気持ちの中に、
時を超えてあるものだとも思う。

 空は高くもう秋の雲。
遙か連山の影、
愛すべき南アルプスよ。
花に憧れ、
厳冬の頂に憧れ
そしてバットレスに憧れ続けた青春。
そしてそんなわがままな自分を許してくれた
家族とまわりの全てのものに
今、ありがとう。

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バットレス4尾根マッチ箱

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八本歯のコルの天場

30年前の記録を紐解いていたら仲間のこんな文章を見つけた。
「八本歯が心配で心配であらゆる書を調べた。しかし、詳しくは載っていなかった。ますます心配になり毎日毎日夢を見るようになった。夢の内容も遭難や滑落のようなものであった。富士山や八ヶ岳と訓練山行をして、ある程度自信はついたが、本当にやめたくなってしまった。冬山が八本歯がにくい」
思い起こせば私がリーダーで臨んだ北岳の冬合宿の感想文であった。
そんな彼が無事山行を終えて下山したときの思いは、いかほどのものであったろうか。きっと彼は確かな足取りで山頂を踏んで、
不安もなく山を大いに楽しんだに違いない。
「ありがとうパーティの仲間たち、山好会の仲間たち」
そんな言葉で締めくくられた彼の思いを、ここで解説はしない。
それは彼自身の心の軌跡だから。

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小太郎山からの山頂




利尻岳
利尻岳 (2)

 孤独と言うのは自分で孤独であろうと思い詰めることではない。
自分の意思にかかわらず、自然な形で
それはどうしようもなく独りになってしまうことだ。
自分から求める孤独は道化、
道化を装って孤独を演じてみてもそこには滑稽な姿が残るだけ。

 わたしの気持ちの中に、それぞれの山の姿がある。
独りで北の山を歩いた頃は山と自分がとても近くて、
山道を振り返ればそこには必ず自分自身があった。
独り旅であるが故に人を求め、
求めることで自分が遠くなり、又独りになる。
北の海のただ中にぽつりと高く聳える利尻岳の姿に、
そんな時の自分はひどく感激したものである。
ひと月余りの独り旅の中でも、
わたしはあの利尻岳のように孤独にはなれなかった。
会話を求め、会話の中に自分を見つけて、
利尻で見つけた全てのものはわたしだけのものになってしまった。
他人にはただわたしだけの物語。
そんな自分だけのものからは
決して愛や友情は生まれない。
孤高の山の懐とそれを巡る独り旅の中で
わたしは人と喜び合える
サークル人になった。

 頂、まさに孤空の一点であった。
全ての尾根が海から、
ただひとつこの頂を目指して重なり合う。
何かを考えさせる北の海そして地平。
吹き渡る風は海の匂い。
振り返れば海、又振り返れば海。
厳冬に凍てつき夏に崩壊してゆく谷間。

地平を眺め、
そのひとときを過ごした利尻岳の頂に
考えあぐんだわたしの青春の
ひとかけらがあった。
利尻岳 (1)
ローソク岩
利尻岳 (5)
波消しブロックと利尻岳


水晶岳
水晶岳1

あの広大な北アルプスの只中に
ぽつねんと、しかし確かな存在感で
飛び抜けて高くもなく、しかし決して低くもなく
大きな広がりもどっしりとした重さもないが
見落とすほどの目立たないピークでもない。
目にしたとたん奥底に残像として残る気品と気高さにおいて私を魅了した山がある。
水晶岳。
谷底から二筋の岩尾根がすーっと立ち上がり
程よい感覚で双耳峰を作る。
頂きに標識があったかも分からない不確かな記憶。
しかし、直下の岩の下に咲いていたタカネウスユキソウの
あの線毛に覆われた蕾のひとひらまで鮮やかに蘇る確かさ。
ふたつの峰を行きつ戻りつ、
ふたつの記憶が交差する山。
喜びと言うよりは、ひとつの感慨の中で、
ため息さえついて岩の角片に腰を下ろす。
岩と岩屑と岩陰のわずかな花たちと、
そこが長い間、思い続けたところ。
しかし水晶岳の傍らには本当に山を愛した人たちの
真剣なドラマが埋もれているような気がしてならない。
生まれた時から、
いつかは死ぬことを約束された人の生き方の中では
誰でも一度は生活することの空しさに出会うだろう。
黙々と歩いて忘れようとする努力ではなく、
夢や憧れに勇気の持てる山登りでありたい。

振り返ってみる水晶岳。
遠ざかる風景の中で次第に重なり合って行く尾根と尾根の向こう。
岩屑の山頂に、
又違った風が吹いてゆく。
黒部源流の谷間から湧き上がるガスさえも
いとおしくなる、私の水晶岳。



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プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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