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それぞれの沢:山のソナタ集

それぞれの沢
それぞれの沢 (3)
沢は人と同じ、顔を持ち姿も違う、地域によって人種ような違いがある、旅をしながら出会いを楽しみ夢が膨らむのだ。
人との違いは言葉がないこと、いらないのだ、でも充分語りかけてくる。

それぞれの沢 (4)
北アルプス黒部源流赤木沢大滝最上部を行く。

それぞれの沢 (5)
安倍川支流黒沢


真名井沢
 初めて沢登りに出かけたのは確か中学の時、近所の大工の倅が同級生で訳も分からず連れてゆかれた。
川苔山の真名井沢であったのを今でも覚えている。
「東京近郊の澤歩き」というガイドブックを片手に、無謀にも近所の紐屋で荷造り用のロープを調達して出かけた。
ロープ以外の装備、足拵え、沢での様子などは全く覚えていない。
その後無性に楽しくて、気をよくして数回沢に出かけたが、それが何処であったかは記憶にない。
もともと当時は山登りには興味がなかったので、それきりになってしまった。
山を本格的に始めるようになってから、私は時に及んでいつもこの時の真名井沢を思い出す。
山登りは自分で切り開いてゆくもの、知識も技術も経験もない中で、求める相手は他人ではなくて、山である事。
自分で切り開いてゆく山登りが出来れば、クラブがどこであるかを問う必要はない。

それぞれの沢 (6)
水の流れは怖い、瀑心に向かって渦巻く水流に引き込まれそうになる事もあろう。

それぞれの沢 (11)
流れの穏やかな瀞、泳ぐしかない。
  
多摩源流 
 今年最後の沢を歩いてきた。
時折ナメ床があるだけの、いたって平凡な沢。
谷は開けて既に源頭を思わせる風情に、少しの緊張感もなく、ただ歩くためだけの沢に思えた。
少し遅めの紅葉が山肌を彩っていた。
山毛欅の森があるわけでもなく、広葉樹の雑木林が続いていた。
だがこの水量の多さと勢いはなぜだろう、止まることを知らない時を、あたかも具現して流れ下るように、急とは思えない斜面を踊ってゆく。
足から痛いほどの冷たさが一瞬のうちに伝わってくる。
水から顔を出した点在する岩の上には鮮やかな緑色の苔が厚く積み重なっている。
晩秋なのに、この豊かさはなぜだろう。沢を語る魅力の何もないところで、私は初めて水を語ることが出来たように思えた。
そして沢を比べて優劣を付けて評価する感性の貧しさを知った。

それぞれの沢 (1)

それぞれの沢 (14)
山形の渓、西川

日原川 
 ひとつひとつの葉は透き通るようなみどり色なのに、森は黒くて青い、
そんな山の奥深さや木々の重さが、奥多摩の山にも有ることを数十年前、日原川の源流を遡ったときに初めて知った。
急峻な谷間の底に流れる鮮烈な帯は、泡立つ滝や瀬、深くよどむ瀞や釜を引きずるようにくねらせてゆく。
ひととき、谷間を射るように差し込む陽が、ソ-ダ-水のように弾ける色彩を演出する。
先日、高校の生物部の同窓会があった。
お世話になった顧問の先生の退職祝いで数十年振りに再会した仲間もいた。
過ぎた日々を懐かしむ夢のようなひとときを過ごした。
奥多摩での研修登山、尽きない思い出が山の中にあった。
「自然は書物から学ぶべからず 生物部顧問 北原敏之」部室に貼られていた色紙である。
あの頃の思いそのままに、数十年ぶりに日原川に降り立つ、広い廊下状のゴルジュの先に自然を敬い人と分かち合い、信頼を疑わなかった私のもっとも豊かだった青春時代をのぞき見たような気がした。   

それぞれの沢 (2)
谷川鷹巣C沢

それぞれの沢 (15)
これも沢で有ろうか、究極の沢と言われる一の倉沢二の沢

それぞれの沢 (7)
人気の西ゼン
豪雪地域にはスラブのような沢も多い。

ガス湧く国境稜線
 国境稜線を目指す山行は、いつも遠い彼方を仰ぎ見ながらの登高である。
滝をよじ登り、釜に浸かり、岩盤の沢床をひたひたと歩きながら、ひたすら空を遮る庇のような稜線を目指すのである。
決まって腕力任せの急峻な笹藪で終わる最後のつめをやり過ごしても、辿り着く稜線はいつも冷たいガスの中。
時には体の中にまでしみこんでくるような霧雨にしっとりと濡れながら登攀具を外すのである。
だが、稜線に続く登山道の確かな存在にどれだけ癒されたことか。
ガス湧く稜線は東西を分け、北と南を隔てる国境である。交わることがあっても決して混ざり合うことのない人々の気性である。
風がぶつかり人を揺さぶる一筋の思いの中で、国境稜線は出発点でもある。 
それぞれの沢 (13)
谷川岳茂倉谷の源頭尾根

それぞれの沢 (10)
房総には変わった沢が多い、里に囲まれていながら、地層の断崖に囲まれた人を寄せ付けない沢だ。
梨沢大滝

内ヶ谷川の水 木曽御嶽山
 手を差し込んだだけでは、本当の水の冷たさが分からない。
身を切るような冷たさの水、と言うけれど、それはどんなに冷たいのだろう。
全身を水に浸してみてもまだ本当には分からない。
風の強い日には体感温度というものがある。
風に身を晒すことで気温以上の寒さを感じることである。
水の冷たさも同じで、水流の中を泳いで初めてその冷たさが体感できる。
泡立つような強い流れの中では、その体感温度は計り知れない。
水が体をすり抜けて次から次へと水流が襲ってくる。
流れの中で、人の体温など瞬く間に失われてゆく。
筋肉が萎縮して運動が損なわれ、動きを止めてしまう。
人を寄せ付けないのは困難な滝やゴルジュだけではない、まさに水の冷たさだけで人を寄せ付けまいとする。
盛夏、下界の猛暑をよそに、ただ水の冷たさと格闘した爽快な夏がその渓谷にはあった。

それぞれの沢 (12)
内ヶ谷川ゴルジュ、出口の向こうに光のある溪

それぞれの沢 (8)
高原山桜沢雷霆の滝

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プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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