fc2ブログ

記事一覧

山の花たち

山の花たち

resize7587.jpg
北ア 北ノ脵岳稜線のお花畑

 風雨の稜線で横殴りの雨に打たれながら風に背を向けひたすら歩く。
そんな足元に今にもちぎれそうに震えながら
背丈数センチの小さな花が寄り添うように咲いていた。
 花ほど受け身なものはない。
どんな環境になっても許された所で出来る限りの力で咲いている。
そんな姿に辛い登高の中で何度慰められたことか。
 雑草のような強靱なしたたかさはないにしても、
だからといって決して弱々しくはない花たち。
 形や色の美しさではない、
自然と対峙し、厳しい環境の中でなお可憐に咲き誇っている姿に惹かれるのである。
自然と闘っているように思えて決して争ってはいない姿に、
わたしは人生のあるべき姿を学んだような気がする。
 人に見られるために咲いているのではない、
欲もなく得もなくただひたすらに生き続けようとしている。
そんな花たちに時には自分が恥ずかしいと思う。
花たちに負けまいと思う。

resize7589.jpg
槍ヶ岳を望む花畑

 山道の傍らに、思わず立ち止まってしまうような可憐な花がある。
この花は誰を待っているのだろう、きっと私を待っていたのではないか、
そんな思い込みに浸ることがある。
だが、我に返れば、花は人のために咲いているのではない。
花に寄せる様々な形容詞は人の勝手な思いである。
山に咲くほとんどの花が、人の目に触れることなく毎年花を咲かせ、枯れてゆく。
それは、偶然根を張った与えられた環境の中で、
一生懸命しあわせに生きてゆこうとする、けなげな姿にも見える。
花のように可憐で華やかではないけれど、
出会った人に立ち止まってもらえるような人間でありたい。  
resize7576.jpg
中ア 西岳のコマクサ群落

花の山稜 
ガスに巻かれた山稜で、癒されるのは足下の小さな花。
炎天下の尾根や風雨に晒された稜線で、我慢を分かち合える存在。
高山植物の魅力は、いて欲しい時にいつも寄り添ってくれること。
だから必死に名前を覚えた頃もある。
岩の傍らで屈んで咲いているからではなく、葉っぱが鏡のように光っているからイワカガミ、
子供が捕まえた蛍を入れていたので、ホタルブクロ。
コマクサのコマは馬のこと。
信仰の山として早くから登られていたので多くの名が付いた、
ハクサンコザクラ、ハクサンフウロ、ハクサンイチゲ、ゴゼンタチバナ、ハクサンシャクナゲ。
漢字で書くとロマンが広がる白山風露、
山で花と名前が一致した時の喜びは忘れられない。
友を語るように花を語ることが出来れば山に向かう楽しみが増える。
だが、である、そんな人の思いとは全く関係なく花はただ与えられた環境の中で命をつなぐ、
それが花の美学だ。 

resize7588.jpg
黒部五郎岳を望む花畑

雑草のお花畑 
下山の途中、
もう少しで車道に出るというところで、
胸の辺りまでが埋まるような雑草の生い茂る広い斜面に出た。
藪漕ぎには違いないのだが、雑草は花を咲かせて一面お花畑になっている。
手入れをされた整然としたお花畑や、
高山の斜面の背丈の低いお花畑とは違って、原色はなく、
くすんで雑然とした統一性のない彩り、まさに雑草の類いなのである。
そんな煩わしいような斜面をひたすらかき分けて行く。
だが、ふと、彼岸の風景にも似て天国のお花畑はこんなような所ではないか、と思えた。
全身を包み込むような草だけの花の中で、手を広げれば花が優しく触れて行く。
行く手の花は踏みつけるしかない、
振り返れば自分が踏みつけた跡が道となって一筋続いている。
その先には尾根筋の緑の林、
秋を思わせる抜けるような青い高天に真っ白な雲、
ひととき、初めて雑草のお花畑に心を寄せた。  

resize7586.jpg
沢筋に咲くキスゲ 赤木沢


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
写真
609位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
風景
222位
アクセスランキングを見る>>

山のソナタ集

山のエッセイと写真でつづる日々

ブロマガ購読者向けメールフォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: