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山の履歴書


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谷川連峰を望む、  小出俣山の雪稜にて

づっと夢中 
始めは高山の花に夢中になった、尾根を一生懸命歩いた、そして冬山に夢中になった、岩登りにも夢中になった、氷瀑に夢中になった、山スキーに夢中になった、沢登りに夢中になった、パラグライダーに夢中になって立山の空も飛んだ。だからずっと山登りに夢中である。全ての領域でレベルは落ちたが少しも魅力は色褪せることはない。新しい事に挑戦することは愉しく新鮮で喜びそのものである。山を舞台に様々な嗜好と方法が生かされる。こんなに素晴らしい遊びは他にはない。冬は山スキーに日だまりハイク、房総は水仙が山を彩り、通い続けても終わりがない。先日は忘れかけていた氷瀑で久々に痺れた。山登りは一言であるが、各論をじっくり語ってみれば何度も初心者時代を迎え、飽きることなく、それぞれ違った充実感が人生を愉しくしてくれる。

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大滝をよじる。  奥多摩石津窪にて

再び山 
東京の京橋に生まれ、銀座の中学に通い、この年になるまで東京以外で暮らしたことがない。毎日見る景色はベランダから眺める高層ビル群である。毎年必ず増えてゆくビルに、このごろは富士山も大きく欠けてしまった。この日はビル群の壁に夕日が射して、橙赤色に染まり窓がきらきらと輝いてとりわけ美しかった。私はそんな環境の中で緑の森を描き、深い谷間の鮮烈な流れに想いを馳せて、自然の営みに触れる喜びを忘れない生き方をしてきた。子供の頃は虫を追いかけて、ファ-ブル昆虫記を読みあさり、ディズニ-の動物映画を愛した。時々出かける山の自然がそれを支えてくれた。戦後まもなく生まれ、団塊の世代と言われながらも、大きな災害に遭うこともなく、世界で1番安全で平和な国に育った。命の大切さを忘れがちな平穏な環境の中で、遭難、事故に立ち会いながら、何度命の尊さを知ったことか。山登りがその舞台であった。生涯真剣に山と向かい合って自分を失わないようにしたいと思う。  

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ダイヤモンド富士、 これは八甲田山のダイヤモンド硫黄岳


山はこころ 
若い頃の山は技術が全て、卓越した技術の美しさに魅せられた。技術の有無が山での優劣を決め、行動に重みを加えた。強靱な体力で道を拓き、常に余裕の表情で気を配るリーダーには絶対的な信頼を感じた。山に夢中になることで尊敬できるリーダーにめぐり会えた。それも歳を重ねるうちに、技術や体力は次第に衰え、登れない自分に気づき、山はこころ、と思うようになった。堅い岩肌や凍てつく雪面に触れた手は、いつしか山毛欅の幹の存在感に拠り所を求め、湧き水を汲み上げ、その鮮烈な冷たさに生命の息吹きを感じるようになった。道具に気持ちを通わせ、体に技をしみ込ませて、山にこころが備わってくる、それを忘れてはいけない。 

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那須朝日岳南東尾根、最終ピッチのルンゼ



山の楽しみ3原則
 山に連れて行ってもらっていた頃は、ただ楽しかった。次はどんなところへ行けるのだろうか、それだけで心が躍った。自分だけではとても行けない所へ行けたことで、いい知れない充実感を味わった。その後、立場が変わると、行く前はいつもいい知れない不安が付きまとった。そのくせ、何の不安も感じないところへは行きたくはなかった。計画をすることは楽しみであったが、実施する段になると、逃げ出したくなることも度々であった。だが、その不安を克服して目的を果たしたときの感激は日々の生活さえも豊かにした。楽しい山登りをしているだろうか、と時々考えることがある。レベル以上の山に連れて行って貰える楽しみ、同じレベルの仲間と競い合って行く楽しみ。成長する人を見ながら連れて行く楽しみ。無所属や単独では決して味わえない山の3つの喜びを忘れてはいけない。  

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木曽御岳山布川本流の大滝



思いの積み重ね
沢登りの下りは決まって単調な樹林の尾根道であったりする。沢登りの緊張や楽しいムーブに比べ、ただひたすらノルマのように淡々と下るのは辛いものである。そんな山道に、見栄えのない小さな花を見つけたとしても、それが単調な気持ちを癒すものではない。だが、たわいのない風景が思い出と結びついて、花や樹木や渡る風さえも楽しい道にしてしまう。カニコウモリという花がある。薄暗い樹林の斜面に咲く見栄えのしない花である。それと分かるのは名前の由来となるカニの甲羅のような葉の形だろうか。そのカニコウモリが斜面を埋め尽くした素晴らしい光景に出会ったことがある。下山道の何の変哲もない風景を、楽しみに満ちたものにするのは、そんな山の思い出の積み重ねであろうか。そんな思い出をひとつひとつ積み重ねることが山の経験なのである。 

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谷川連峰万太郎山への稜線を行く。  


山の視点 
同じ物事を考えても、そのものに関する知識や感覚、感性は都会と田舎では随分と違うものである。都会からやってくる登山者がどうしても山の自然を捉えにくいのは、自然の1日の流れや四季の移り変わりを生活として捉えてはいないからだ。山の技術や経験も視点を変えれば全く違うものになる。例えば楽譜が読める人と読めない人では音の捉え方が違う。地図の読める人と読めない人、天気図が書ける人と書けない人、三点支持が出来る人と出来ない人。天気の移り変わりとしての雲と文学や芸術としての雲、その捉え方の違いは人の楽しみ方に関わるものだから、ここではその良し悪しは問うまい。ただ、50を過ぎた頃から、人に慕われる山登りを心がけてきた、それは自分の視点だけを敬い、自分の楽しみを単一化して結果的に楽しみを限る偏った山登りからは決して生まれない。

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妙義山筆頭岩の登攀

基本の型  
基本的な形、それはスポーツに限らずどんなものにもある。基本は大切であ
る、それは全てのものに当てはまる。山登りで言えば、歩き方から道具の使い方まで全
てのものに基本がある。基本はしっかり習得しなければならない、だが基本に填っては面白さがない。基本の型に自分の個性を加えることが大事である。山登りは特に千差万別な自然を相手にするものだから基本だけでは対処が出来ない。ひとつの山に登る基本を考えれば、起伏の少ないなだらかな尾根を選び、1日の行動時間を5~6時間として無理のない日程で計画する。だが、山登りの楽しみはそんな基本から外れて、急峻な起伏に富んだ尾根や谷や岩場を越えるコースに挑んだりする事にある。時代を築く山登りには流派が出来たりする。素晴らしいことだ、だが個性だけが先行してはいけない


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越後金城山の紅葉


合宿に寄せて
人の辿った道をただ黙々と登って黙々と降りてくる。事前の準備と実力は充分なのに、不安があればあるほど前後する他人の様子をうかがいながら、言葉を交わす訳でもないのに、知らず知らずに頼ったり、頼られたり。果ては自分を失ってしまう。人の集まるルートではそんな事が多い。天気に恵まれれば、展望を満喫して誰でも楽しい山登りができる。だが、それが山登りのすべてではない。人と出会うことのないルートには、人が敬遠する何かがある。長いアプローチだったり、ちょっとした悪場だったり。そこでは何かが要求され、それをクリアできる何かが必要となる。その何かは大展望や素敵な山の佇まいなどの外面的な要素とは、とても比較にならない山登りの素晴らしさを教えてくれる。何か、それを言葉で表せば体力や技術や経験と言うことになるが、ただそれだけではない。経験者の力を借りれば初心者でもこなせるルートは沢山ある。一人では決して味わえない何か、それをクラブの合宿やパーティの中で学んでくれれば嬉しい、と思う。 

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谷川赤谷川源頭を滑る


足を組む
 最近、子どもの頃の写真を見る機会があって、懐かしい思いをした。気がついたことが一つ。小学校の入学式、卒業式、足を組んで写っている者なんかはいない。きっと足を組んでいたら先生に怒られたであろうが、思い出しても小学生の時に足を組んで座った記憶はない。一体いつから座るときに足を組むようになったのだろう。自然と、いつの間にか足を組んで座るようになった。自分の生活の糧や、社会や、人のことを考えるようになって、複雑な思いが足を絡ませていったに違いない。若い頃充実した日々を送ったと思っている人ほど、過去を見たがる。人は皆、老いて行く、そのときに尚、新しい自分を想像できる豊かさが欲しい。山登りも全く同じである。 



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福寿草、早春の花

共通言語 
自然が発するものは世界共通言語である。それは人の極深い内心の根幹で作用する感情の発露であるから、翻訳や説明が必要ない、というより出来ない言語である。自然には翼が有る、土にもぐり、海を泳ぎ、風のように吹き渡りもする。山登りに技術は必要であるが山に行くための必須条件ではない。人が歩くことに技術はいらないからだ。自分の技術の範囲内で歩くことからはじめ、経験を得れば次のステップへ行ける。技術は経験と共に付いてくる。技術を学ぶことは無駄ではないが、経験を積みながら学ぶことが大切だ。相手が自然だからこそ訓練では学べばないものが大切になる。「飛躍のない単独行こそ最も安全である」これはかの加藤文太郎の言葉であるが、歩くことから始めて、自分の力で一歩一歩進むことの大切さを語った言葉だと思う。 


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中央アルプス中小川錦秋の谷間



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プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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