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登高


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針ノ木大雪渓を登る

登高
 一日の山行の中には必ず辛い登りがあるものだ。
「もう山なんか来るものか」
いつもそんなふうに思いながら苦しんで登ったものだ。
それがいつか「山っていつもこんなものだ」って思えるようになって、苦しむと言うよりは仕事をやっているような気分になって、大汗をかいて全身びっしょりになり、時々「疲れた、疲れた」なんて大声出してみたりして、
これが本当の自由業かな。

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槍沢の登高  5月

 たかが山登り。
そう、独りでただ美しい風景を求めて歩く旅なら、それは何時でも
たかが山登り。
だがどうだろう、苦しい登高の中で
「どうしてこんな辛い思いをして山なんか」と自問し。
「頂に立つことがどうしてそんなに大切なのか」と苦悶する。
山の高さでもなく、
山の美しさでもなく、
山の広さでもない。
文字や言葉の世界にはない大きなものを感じて、
ある時は立ち止まり、ある時は涙する。
感動できる自分の存在感に驚き、
涙はいとおしさに変わり、愛になり、人生になる。

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南八甲田山横岳の登高   背後に青森の街と青森湾が広がる

 山の高さ、大きさ、広さ、形、難しさ、季節や天候。人の年齢や生まれや地位、富、男か女か、そんなものとは一切関係なく山登りは登ることから始まると思えば登高の意味が分かってくる。
山頂に行くための苦しみではなく、終了点までの楽しみと捉えられた時、山はもう一歩自分に近づいてくる。
自然の息吹が今まで以上に自分を取り囲んで囁いてくれる。
仲間の声が鮮やかに響き、辛い場面でこそ共有できる意識を感じる。
意識はあるがままの自分を受け入れ、登高はその場面で耐えることではなく、そこへの過程で努力する事を教えてくれる。
そうして足元から彼方を仰ぎ見る時、対峙するべき山が見えてくる。


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立山剱御前へ   

70キロかもしか山行 
二日目の夜が迫っていた。歩き始めて20時間が経っていた。
駆け上がるようにして登った陣馬山は、ふっ、とため息が出るような黄昏の中にあった。
歩き続けてきた奥多摩の方を振り返ると、夕暮れのたとえようもない淡い青色の空に映えて、橙赤色の陽の明かりが山並みを軽やかに浮かび上がらせていた。
昨日の夜に通過した独特の山容の大岳山が遙かな時を感じさせた。
あの時の奥多摩が一番美しかったような気がする。
歳をとるにつれ、技術や体力を至上主義とする山登りはいつかは衰えてしまう。
どんなに歳をとっても成長してゆける山登りは有るはずである。
50を過ぎてから、それが何かを問い続けてきた。
今思えば、あの時の奥多摩の風景の中に答えがあったような気がする。
すっかり暗くなった高尾山の山頂から空風に吹かれながら東京の目映い灯りを眺めた。
70の春に。  

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一歩一歩
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プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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