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冬の山

冬の山で

何故冬の山に美しさを感じるのだろうか。白一色の世界は考えてみれば何色にでも染まる。その時々に色々な輝きを感じるために冬山へ登る。装備も多く荷も重い。ただひたすら歩くだけではすまされない困難と危険がある。街では考えられない寒さの中に身を置き、ひたすら耐える。人の温かさだけを頼りにして。

冬の山13
北アルプス白馬三山

冬の山12
八甲田山大岳

冬の山3
山襞、南会津三ツ岩岳


 春の新緑、夏の花、秋の紅葉、雪の冬。冬はそんな四季のひとつである。だが山登りには無積雪期と積雪期しかないと思うのである。山の生き物にとって冬は試練の季節である。寒さと飢えに耐えながらの辛い日々の中で、生きることの意味を知る。
 季節の移ろいは冬を迎えるためにあり、冬から移ろうためにあるような気がする。人も又、冬山の中で多くを体験し、全てを包む白い世界の荘厳さに魅せられ、命の尊厳を学ぶのである。冬山の魅力を語ることは容易だが、寒さと重さと、何より無気力にさせる魔物のような環境の中で、自分を失わない努力をしたい。

冬の山11
上州武尊山剣が峰

冬の山4
木曽御嶽山、噴火前に

 冬のウサギ
行く手を真っ白なウサギが跳ねていった。冬型の季節風が吹く寒い尾根筋であった。
美しい霧氷が咲いていたが、ウサギにとっては冷たい氷が木々を被い食べ物を拒む辛い季節なのだろう。ウサギには雪深く過酷と思える山で会うことが多い。私は時々考える。同じ野生動物なのに何故冬眠する動物と寒さの中で活動する動物がいるのだろうか。温かい室で冬を過ごす動物でも考えるほど楽な生き方ではないのかも知れないが、どうしても不公平に思えてならないのである。
だが氷雪の厳しい世界に垣間見る様々な感動は冬眠していては得られない。人も折角冬眠しない動物なのだから、厳しさの中でしか味わえない何かを人生の楽しみに加えたいと思うのである。

冬の山5
越後駒ヶ岳、稜線にウサギの足跡、何を求めてこの稜線へ。


雪国と冬晴れ 雪国の人が東京で冬を過ごすようになると、まず驚くのが毎日続く抜けるような青空である。寒さ、吹雪、雪かき、時には命がけの外出、そんな辛さから解放される喜びは計り知れない。もう故郷の冬には戻れない、そう感じる人が居るのも無理からぬ事だ。我々も冬になるとスキーでそんな雪国へ出かけるが、地元の人の苦労は人ごとながら大変だろうと心配になる。だが、である、毎日続くどんよりとした暗い空の下で卑屈になるどころか、それを生きる糧にする活力が産まれている。寒さに耐える気力や精神力が養われて文化を育てる。ぬくぬくと暖かい日差しに恵まれた冬を過ごす我々は、次第に頭が空っぽになり、無気力になり、余った時間を無駄に過ごす。それが楽だから。私にとって冬山に向かう時間がなかったら、どれだけ空っぽな季節を過ごしてしまうのだろうか。時には間の抜けた青空に反発して得られるものを見つけたい。雅

冬の山6
越後中ノ岳

冬の山7
凍てつく湿原、吾妻連峰

冬を感じた日 吹雪の後の山は無色である。すべての物を覆い尽くす白い絨毯、屈折のない光の広がり。山毛欅の尾根筋は登る程に太く大きく枝を広げた白く輝く空間となり、背後に視界が広がって空が彼方へ続くようになる。爆発的な情熱を吸収できる季節はそんな白い季節だ。概して白で覆い尽くしたひとかたまりの世界を見てしまうが、それでは雪の世界は分からない。一つ一つの木々の様や斜面の文様、凹凸。生きていることの証を山に求めた人々は上へ、上へと目指して行く。山での感動は人の内にあるものではなく、自然と人の間、人と人の間に有るのもだから、一人で大きくなれると思わないことだ。歳を重ねるうちに生活環境も変わり、人は変わって行くけれど、山は山登りの現場の中で変わってゆくものである。山では辛い冬がやってきた、仲間の温かさがあればこそ、喜びを感じる世界にして行ける。  

冬の山8
焼岳山頂にて、槍穂高を臨む

冬の山9
小白森山山頂ドームへ


冬の山1
氷瀑も冬の楽しみ。

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プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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