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山の夜



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星空に寄せて
 広大無辺、永劫回帰、言葉は色々形容の仕方があるが本当の星空を仰いで天空を埋め尽くさんばかりの星の多さと闇の深さに立ちつくして見なければ分からないことがある。自分だけの事やその周りの環境や家庭や社会の事だけを考えていては結論のでないことがある。無心になって星空の彼方に思いを巡らせば、どうしても人の知恵では理解できない空間と捕らえようもない果ての世界の存在を感じる事が出来る。山深く縦走路の片隅で本当の星空を仰ぎ見て宇宙という素晴らしい言葉の意味を知り、宇宙の中の自分の存在を実感し、その中に身を置いて考えるようになってから、私は自分の生き方に迷わなくなったような気がする。

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月明かり 
天幕の外に出ると、周囲の林が青く光っていた。
目映くはないのに昼よりは鮮やかに山毛欅の影を落として、凍てついた空間に重い光が押さえつけるように静かに雪面に染み込んでいた。
太陽の光には生き物のように跳ねるような華やかさが有るが、月明かりには空気さえも眠っているような静寂があった。
それ故に木々の影がくっきりと雪面に刻まれて、影こそが生き生きと存在感を誇っていた。木々の隙間から仰ぎ見ると青い静寂を破って白い峰が浮かび上がっていた。
影の世界の中で、なお純白の衣を纏う姿にただ佇む。コッヘルに蓄えた水が底まで完全氷結する、凍てついた眠れぬ夜であった。    
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星空の夜
山で遊んでいると、ふと時間が止まっていると思うことがある。社会生活とは全く違う環境で、山だけで繋がっている仲間と、無心になれる自然の中できっと私の時間は止まっているのだろう。恥を忍んで言えば、最近山の夜にトイレに起きる事が多くなった、それも一度や二度ではない。天幕から這い出るのは面倒だが、若いときの我慢はもう出来ない。冷え冷えとした外の空気に触れて我に帰り、空を見上げると満天の星。宇宙に思いをはせて自分の存在を考えては憂鬱になった二十歳の頃は「我思う、ゆえに我あり」の命題が分からなかった。トイレで外に出るたびにオリオン座の三ツ星が移動している。今は星を見て老いてゆく時を感じ、知らぬ間に静かに流れてゆく時をいとおしく思う。

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ふと考えたら最近は星が見えなくなった。目が悪くなったのではない、街の明かり、小屋の明かりが夜中ぼーおっと地平を照らす。最後に天の川の全容を眺めたのはいつだったろうか。天空を見上げれば星は数え切れない程見えるときもある。だがいつもこんなものではないと、言い聞かせる。目の高さから天空に広がる星の数は想像を遙かに超える。満天の星と言うけれど、体全体を包み込む星空の真ん中に立てば意識が遠のくほどの数の広がりに圧倒される。今はもう目の高さから広がる満天の星を見ることはないのだろうか、それよりも山中深く分け入り、夜を過ごすことがなくなった自分のあり方を自らに問うべきなのであろうか。星が見えなければ宇宙に身を置き我が身と森羅万象を考える想像力も薄い。我が身に降りかかる様々な出来事も、そのときのあり方も、宇宙という広大無辺の彼方から物事を考える事が出来ない。それはとても不幸なことだ。



皆既月食 
皆既月食の日、偶然にも山懐に居合わせた。集落が途絶え、町の明かりも全く届かない、冷気に冴え渡った天空と心ゆくまで会話が出来た。天空ショーと言うけれども、私にとっての宇宙はロマンや夢や好奇心を語るところではない。光の速さで数億年などという広大無辺の空間では地球の存在すら意義あるものとは思えない。ましてや一個人の存在など深遠な宇宙空間に沈んで行く。宇宙はどこまで続いているのであろうか、決して解けることのない命題に取り付かれ、生きることに懐疑的になったとしてもそれを諫める答えを持っているわけではない。風景や道具への愛着やその場の爽快感で
は決して癒されないもの。空に一番近い山上で、人と交わり多感に思いを巡らす事こそ自分が存在する証なのだと思う。  雅

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山で眺める星空 
先月、初めて土星の輪の中に入った観察衛星が任務を果たして燃え尽きた。打ち上げたのは20年前、その間ひたすらこの時を待っていた科学者もいただろう。宇宙と関わる人たちは人間の一生ではとてもかなわない長い時間を描かなければならない。何世代にもわたって引き継がれる事が不可欠だ。今見ている何万光年彼方の星には既に存在しないものもある。見えるものが現実にあるとは限らない、という哲学の命題にもつながる宇宙の存在は不思議と未知に溢れている。一番近い恒星でさえ光の速さで4年以上掛かるという果てしない時間と空間を、ロマンや夢ととらえて希望を見いだすか、地球や人の存在ではとてもかなわない広大無辺な空間で、いつかは宇宙のゴミとなる地球の運命を確信して絶望に行き着くか。それはその人のあり方によるだろう。山で眺める満天の星、眺める人によって様々なとらえ方があってよい。わー凄い、とただ眺め、感嘆する事から自分のあり方にまで思いを巡らせる事が出来たのは、やはり日常の生活では体験できない山で過ごした日々のおかげ。山に日常の常識を持ち込んではいけない、常々思うことである。   
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プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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