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山スキー

山スキー
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後立山を望む蓮華岳大沢の滑降

無垢の斜面にイメージを描き、ただひたすら自分に負けまいと飛び込んで行く。
無心になれる時は切れるような美しいラインになる。
足元から雪が舞うとき、めくるめく熱い想いに満たされる。
でも私はスキーヤーでは有りません。
あるときは果てない遙かな稜線を仰ぎ見て、懸命なラッセルに終始して、その果てに頂きはどんな姿で迎えてくれるのでしょうか。
ただそれだけを脳裏に描いて黙々と雪面を踏みしめて行くのです。
稜線で凍てつく風に吹かれて手足の感覚を失いかけても、ただただ頂きだけに舞うという天使のささやきを聴きに行きたいのです。寒々とした山懐で眠る日は、月明かりに小枝の先までくっきりと映し出す純白の乙女の肌のような雪面の影に幻を懐き、
明日こそ朝陽に煌めく氷片の向こうに現れるアルカディアを夢見るのです。

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高妻山を望む黒姫外輪山

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守門大岳母川源頭滑降

パウダー
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吾妻連峰パウダー滑降、私。

雲の中を滑ったらきっとこんな風だ。雲は流れるときもある、静かに漂っていることもある。体が自然に浮き上がり自分の重ささえ感じない瞬間である。跳ね返ってくるべき動きが雪の中に抜けてゆく。どんなに力をかけても余分な力が抜けてゆく。抜けてゆくから体が自然体になる。気持ちがそのまま道具に伝わって、雪にスキーを教わる。こんな喜びがあった、そう思えるひとときである。だが、スキーにはそれなりの技術が必要になる。口には出さなくても、それぞれにはそれなりの習得時期があったはずである。悔しい思いをし、行き詰まりの壁に悩み、努力を積み重ねることでそれを乗り越えてきた。そんな時代を過ごしてきた者達の、特有の連帯感に支えられた仲間である。だからこそ、互いに滑る姿を見届け合い、シュプールを見比べ合う。それが励みになる。人としてひとりで滑る自己満足のスキーほど虚しいものはない。 

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南八甲田横岳の山毛欅林を滑る。

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那須スダレ山滑降。


山スキー
山スキーは性格である。始めたときから既に大きな分岐点がある。スキー技術を習得する努力を欠かさずにゲレンデに通い、技術を極めようとする。かたやそこそこの技術でいきなり山に入って行く。スキーを登山用具としてしか考えていない。善し悪しの結論はそう簡単には出来ない。技術の優劣は歴然だが、それぞれが感じる喜びや楽しさは様々で優劣がないからだ。私はと言えば、完全に後者である。ゲレンデ通いはしたのもの、スクールには無縁で、まさに滑る山道具の範疇でしかない。格好悪さに卑屈になっても、もう後戻りは出来ない。華麗に滑る仲間を羨望のまなざしで見やりながら、我が道を行くである。ただ、どんな道を歩もうと、その日の山を振り返ったときに
浮かんでくるものが、雪質や道具の善し悪しでは寂しい。スキー技術論に終始して山を忘れてはいけない。  

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八甲田山前岳へ

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頸城神奈山

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蓬峠からの滑降。

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剱岳を望む蓮華岳大沢源頭の滑降

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吾妻連峰大沢下りを終えて

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5月連休の剱沢滑降

春の山スキー 
5月の連休前後になるとスキーのエリアがアルプスへと移ってゆく。
3000mの春の稜線はまだ冬が混在する。勿論雪が降り、斜面は凍る。冬山から遠ざかって何年も経っている身からすれば気が引き締まる。厳冬期の山スキーではアイゼンやピッケルを使うことが少ないから忘れがちだが、アイゼンを効かせて凍った斜面を歩けば、改めて山スキーが冬山を舞台にして雪を求める山登りであることを痛感させられる。公園の砂場でアイゼン歩行のイロハを確認し、冬山訓練で滑落停止を繰り返した日々が思い出され、ピッケルを持てば身にしみた動作が蘇る。春にはザイルは必携である。谷に滑り込めば、時には口を開いた滝に行く手を塞がれ、板を担いで懸垂下降の場面もあり得るだろう。おぼつかない技術ではスムーズで安全な下降は出来ない。山スキーは特殊な山登りではない。歩行ではあり得ない雪崩の要素を自ら持ち合わせ、板を脱げば冬山のど真ん中である。総合的な山登り、それをスキーという道具を隠れ蓑にして安易な気持ちで臨んではならない。それを痛切に感じる春の北アルプスである。

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5月連休槍ヶ岳、この構図に憧れていた。
   
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八甲田山を望む登行
南八甲田山櫛が峰の頂稜を行く。 

東北の春 
山の中に入るといつもわたしの物語が始まる。吹き付けるような透明な風の中で木々と一緒に凍えていた白一色の世界が少しづつ揺らいで、風は様々な物を運び透明度が薄れてゆく。いつしか陽差しを追いかけてゆく風になり、季節が流れてゆく。雪面には人の足跡がいつまでも残るようになり人の訪れを伝えてゆく。人は心躍らせる人に思いを馳せて多弁になる。まだまだ雪満載の峰で仲間の数だけシュプールを描いて幸せになり、ゆとりある気持ちの大切さを教えられる。おおらかな山容、広大な斜面、山毛欅の尾根筋、山間に点在する湯煙。全てが自然体の東北の山でのスキーと温泉と天幕生活の物語。秋田駒ヶ岳には仲間の数だけ喜びがあった。

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櫛が峰の大斜面を目指して。
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プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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