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信頼される山登り


ヘリ救助1
二子山でのヘリ救助

 お父様からお礼の品と一緒にお手紙を頂いた。
文面こそしっかりしていたが文字は細く弱々しく
息子を山で失った無念さが痛みとなって溢れていた。

 それは誰にでもあり得る一瞬のつまづきであった。
青白い岩盤がナメとなり滝となり、うねるように続く美しい沢。
ナメの上で一瞬足を滑らした彼は水流にすくわれるように倒れ、
頭を打ち帰らぬ人となった。
深い釜の中で既に冷たくなって渦巻かれていた彼を引き上げふもとの集落まで下ろしたのが我々であった。
 危険を承知で山に送り出す親や家族にしてみれば信頼すると言う以外為すすべがない。
それは辛いことに違いない。

信頼される山登り、
それはどんなことかとそれ以来ずっと考えながら
わたしは山に出かけていた。
それは危ないことは一切しないと言う消極的な安全登山ではなく
より高みへ、より困難へと向かう時の
危険に対する深い配慮と向上心の中にあるのであって、
危険を一切避けて安易な方法で求める楽しみの中では
最も穏やかな自然の中でも安全登山を認識する事はないだろう。
危険の中に身を置く努力。
それを忘れた安全登山はない。

 山登りを始めた頃に、
山から帰って、花の綺麗だった事や景色の素晴らしかった事を話すと、
よかった、よかったと自分のことのように喜んでくれた。
危ないことをしているわたしを、出かけるときはいつも心配そうに送り出してくれた。
山登りはエスカレートして、出かけるたびに怪我をして帰るようになった。
気を付けろ、と何度も口にしたが、一度もやめろとは言われなかった。
時々何故だろうと考えることがあった。
 山で遭難事故を起こすような息子ではない。
そんな信頼を裏切ってはいけない、それがわたしの安全登山の糧であった。
死を迎えた病床にあっても、
山へは行ったか、といつも訪ねる。
出かけたことを伝えると、よかった、良かったと安心したように目を細めた。
そんな母がまもなく亡くなった、
死ぬ直前まで山に出かけているような親不孝なわたしであったが、
信頼だけはまだ裏切ってはいない。


 母が亡くなってからしばらくして、親戚を訪ねた。
どうしても伝えたかったと、話してくれたことがある。
有るとき母が突然嬉しそうに訪ねてきたそうだ、
何がそんなに嬉しいのかと訪ねたら
「マサオが元気にただいま、と言って帰ってきた」
それが嬉しくてと、新調した着物に袖を通したそうだ。
私が高校生の頃だったそうだ、
何を考えているか分からない息子にどれだけの不安と心配をもっていたのだろう。
それを思うと悔しさで泪が止まらなかった。
己の親不孝を恥じた。
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守門岳での捜索

 そして10年、孫とイチゴ狩りである。立ち寄る公園、アスレチック、水辺や土手で危ないことばかり。
見ていてハラハラドキドキ。
「危ないからやめなさい」という叫びをグッと堪える。
自分だって家族に心配をかけながら山登りを続けてきたではないか。
怪我をして帰っても母からは気をつけろと言われても、止めろとは一度も言われなかった。
下山が遅れた冬の八甲田山、妻は宿泊中のホテルフロントで捜索願いを出すところであった。
その時もただ、お帰りの一言。
ただ心配をすることしか出来ないもどかしさ、帰りを待つだけの辛さを、その身になって初めて知る。
おかげでどんな時でも自分のロマンと憧れを捨てずに、生き生きと過ごすことが出来た。
もし、だめの一言があったら私はそれでも続けて行く勇気があったろうか。
自分の生きがいを理解し、支えてくれた家族に囲まれて、今幸せであった半生を振り返る。
母に、山へ行ってきたよ、素晴らしかったよ、墓前にそれをいつも報告している。   

失敗 
決して所属するクラブの事ではないが、
経験と技術が豊富な良い先輩に恵まれた伝統のあるクラブは遭難や事故も少ない。
経験の無い者が失敗をする前に、先輩が適切な判断を下して、
良い方向に導いてくれるからである。
いつも何事もなく淡々と楽しい山行が出来るつもりでいても、
そこには経験者の安全な笠の中で守られていることが多い。
助言は大切である、それを素直に聞ける姿勢も山での大切な要素である。
だが、いつか自分が初心者の安全な笠になるためには失敗を怖れてはいけない。
失敗を怖れないために、確かな技術を身につけなければならない。
今、自分に何が足りないか、それを補う努力は忘れてはいけない。
楽しそうな山行にだけぶら下がって流されていては、
今、目の前にある課題を克服することはない。
一度の失敗が命に関わる事もある、
先輩はそれを怖れて世話を焼く、その善し悪し、
それが山登りの一番難しいところである。    
救出
谷川連峰北カドナミ沢での救助

再び安全登山 
家族で趣味が同じなのはいいことではあるが、
家族が山に出かけた時はよく心配したのを思い出す。
今頃は登山口についた頃だろうか、
ちょうど鎖場を通過している頃だろうか、などと思いをめぐらした。
天気が悪い時は尚更である。
山を知っているだけに余計に気をまわしたのかもしれない。
下山が遅くなると不安が募るばかりである。
稀ではあるが家族から、下山が遅いと、心配の電話を受けることがある。
冷静に分析すればまだそんなに心配する状況ではないのだが、
その気持ちが痛いほど良く分かる。
いつも遅れる原因はたわいもないことで、なーんだ、ということになる。
だが自分が山に行くとなると、家で待つ家族のことを考えることがない。
下山報告はお決まりのごとく忘れずにいても、
果たしてどんな思いで無事下山の報告を待っているかを、待つ身になって考えたことがあるだろうか。
危ないことは一切しない、だが山へ行くこと自体が既に100%の安全では有り得ない。
自分は危ないことは一切しないという意識の中では、
安全に対する配慮も対策も技術も存在はしない。
危険の中に身を置き、その危険を回避する努力の中にこそ安全登山は有り得る、と信じている。 

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プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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