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岩魚

岩魚 滅び行く環境

 岩魚の棲む山は自然に満ちた山だ。
山毛欅の木が大きく枝を周囲に巡らして
大地と水を守っている。
夏の猛暑の中で尚切れるような冷たさの流れが彼らの住処。
岩魚は山の自然の豊かさの証である。
雪の下でじっと耐えた岩魚は
遅い春を迎え雪の季節を取り戻すべく貪欲に活気づく。
そんな貪欲さ故に簡単に人に釣られる。
幻の魚と言われる岩魚釣りは徒労も多い、
だが素晴らしい沢登りの舞台でもある。
そして、岩魚釣りが釣りで終わらないのは
自然を思う気持ちの中に源流の息吹を感じるからだ。
岩魚のいる沢で、
君も水晶のような雫に濡れる朝を迎えてみないか。

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 岩魚を求めた谷間にて
何とかして捜し当てた僅かな平坦地にシートを張り、
瞬く間に訪れた夜の闇の中で、隣接県の大雨洪水警報を聞く。
地形図の緩みの穏やかな筈であった谷は、
スラブ壁が点在し急峻な尾根が落ち込む狭い谷であった。
この谷の何処かに潜む尺岩魚を思いながら、狭い空間に身を委ねて、
寝不足で疲れた体を横たえる。
雨が激しく幕を叩き、体が一層闇に沈み込む。
谷へ向かう尾根で一日中ネマガリダケの薮を漕ぎ、
結局谷へ行き着かなかった事もある。
徒労の多い岩魚釣りは記録の少ない未知の谷が多い。
だが何時も自然と対峙している喜びに満ちている。
釣りの仕方で人の豊かさが分かる、
わたしはそう思っている。

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 川と岩魚
深い森の中で育った岩魚は濃い緑色をしている。
白い花崗岩の谷に育った岩魚は透き通った淡い色に斑点が鮮やかに浮き出ている。
川の水や色でそれぞれの岩魚は違っている。
環境は即席で作られるものではない事を岩魚たちは伝えているのだ。
鮭が生まれた川に戻ってこれるのも、
至極当然の事なのかも知れない。
どんな岩魚が棲んでいるのか、
それを見届ける事は沢登りの大きな喜びでもある。
ときめきにも似て、時にはいとおしさを感じることもある。
人も又、自分を育んでくれたそれぞれの川を持っているのだ。

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時にはゴルジュを越えて


岩魚 
渓を思うとき、そこに棲む岩魚のことを思う。かつてはきっとどこの沢にも岩魚が群れていたに違いない。雪に閉ざされた冬を耐えて、短い夏に命をつなぐために、どん欲に餌に食らいついてくる。それがどう猛な印象を与え、時には渓の支配者のように言われる。岩魚の腹を割くと、時折木片が出てくる。餌と間違えたのだろう、そんな悲しい魚でもある。山が削られ土砂が流れ込み、棲息環境を奪われ、どん欲さ故に簡単に釣られ、今や幻の魚などと祭り上げられる。深い渓で眠る夜は、今このとき同じ水の匂いをかいで過ごす愛おしさに浸り、この渓のどこかに潜む大岩魚の影を追う。私の沢彷徨は、あくまでも岩魚の潜む渓への旅なのかも知れない。 

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飯豊の滝に竿を振る。



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bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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