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八甲田山

八甲田山         
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仙人岱より小岳を望む

 四十数年前、初めての八甲田山。
わたしは霧の仙人岱を歩いていた。
湿原は深く冷たい霧に閉ざされ一筋の木道だけが目の前にかすんで続いていた。
全てが霞み、すべてが濡れてゆく、通る人とて疎らな木道を、ただ遊び心に歩いて。アオモリトドマツの暗い林の中を深い霧が流れてゆき、体の中まで濡れてしまいそうな風にサルオガセが揺れていた。
霧の日は、山の全てのものをひとつの風景にして、
そこを行き交う者達を包み込んでしまう。
山の息と、自分の息が霧の中で交叉し、不思議な気持ちで山と同化する。
そんな不確かな風景の中に、
まだ何とも捕らえようもない自分の未来を山に描いていた。
八甲田山は霧の中、いつでもわたしにとっては霧の中。
自分を描き続けた霧の中。
 あれから幾度か訪れた八甲田山はその都度わたしの遊び心を満たしてくれた。
遊び尽くしたと思った先にまだまだ魅力の尽きない八甲田山があった。
ひとつの楽しみには過程がある。
山を学びスキーを学び、仲間が集い機会に恵まれる。
例えば雪面に描いたシュプールはそうした年月が育んだ自分の今までの軌跡だと思うから、鋭く美しいシュプールを描きたいと思うのである。

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樹氷
樹氷の森に迷い込むと自分が分からなくなる。
山はいつも同じ筈なのに冷静さを失い迷宮に入り込んでしまう。
風雪の日は亡霊に取り憑かれたような恐れを感じる。
青空に恵まれた日は、おとぎの国に誘い込まれたような心躍る高揚感がある。
深い吹き溜まりや堅い雪面が交互に現れ、
樹々の小さな起伏を樹の数だけ、
ひとつひとつ越えて行かなければ森からは出ることが出来ない。
地図とコンパスで、
いやGPSを駆使して方向が分かっても、
樹氷の中のルートを掴むことは出来ない。
堅い雪の鎧を纏ったアオモリトドマツの森。
風雪を避けて、その懐の室のような根元に潜り込んだ時、
風の音さえしないその狭い空間で、私は初めて風雪の八甲田山を楽しんだ。

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樹氷の室で憩う

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仙人岱ヒュッテ厳冬

ヒュッテへの道 
酸ヶ湯を出て山毛欅の森に入る。
年末年始は決まってトレースがあるが、
1度だけ膝上のラッセルに喘ぎながら地獄沢を目指した尾根筋で、
下山してきたパーティとすれ違った事がある。
お互いほっとして笑顔がこぼれた。
道を譲り合った相手の温もりを今でも忘れない。
地獄沢に出ると大岳の大きな姿が前方に望まれるが、
ほとんどが深い雲の中である。
地獄沢は一直線の登高である。

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地獄谷源頭にて

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フードの中の標識

源頭は露岩帯で決まって強風の中である。
沢形が台地に吸収されると樹氷に囲まれた仙人岱である。
今年は視界10m、
地図とコンパスがなければ天地の境も分からない魔界の地である。
ガスの中にヒュッテが姿を現す。
山小屋、時には心の支えである。
仙人岱ヒュッテで毎年出会う人達がいる。
1年目は山しか見えなかった。ヒュッテに寄りもしなかった。
2年目も確かに山を目指して汗をかいていた。
4年目ともなると何故かヒュッテを目指して汗をかくようになった。
6年目の今年は確かに新年の挨拶の為にだけ、ひたすら道を辿っていた。
「おめでとうございます」今年は一番馴染みのおじさんが登って来てなかった。
みんなで心配しながら、やはり山の話が尽きなかった。
年末年始、ひとりで登ってくる人達の集まり。
家族は、年始は、様々な事が人々の顔に浮かんでは来るが、
お互いに素性は知らない風であった。
ストーブ、湯気、笑顔、それが山小屋の全て。
「また来年ね」そんな別れ際の言葉に確かな返事が出来なかった、
1年後の自分の曖昧さが情けなかった。  

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横岳の山毛欅

山毛欅林にて 
 今年の八甲田山横岳 はとうとう一人になってしまった。
ラッセルも大変だし単独も控えたいところだ。
でもどうしても今年もあの山毛欅の林を歩きたかった。
窪地を越えて尾根に上がると穏やかな空気があたりを包む。
幹に一筋吹き付けた雪が凍り付き、無彩色の美しい縞模様を映し出す。
頭上高く、轟々となる風の音もここでは別の世界のようだ。
時折風に揺れる木々がこすれ合ってヴイーと唸る。
不気味だった音も、
10年も通ううちに、森の親父の励ましの低い声のように思えるようになった。
とりわけ太い山毛欅の木に
孝行も出来ずに亡くなってしまった母の面影を追うこともある。
10年間一度も人に会うことのなかった山毛欅林の尾根を
一人淡々とラッセルをする。
雪の中に息遣いさえも浸透してゆく静けさ。
孤独というのは自分で孤独であろうと寂しさを装うものではない。
自分の意思に反してそれはどうしようもなく独りになってしまうことだ。
そんな戒めに胸打たれた森でもある。

春の八甲田山
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春。南八甲田山より北八甲田の峰を望む。
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櫛が峰の峰の大斜面を望む。

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櫛が峰滑降

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櫛が峰滑降パート2

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人が豆粒のような大斜面。

春の南八甲田山
 がむしゃらな気持ちで登っては笑われる山である。
広がりのある穏やかな東北そのものの自然の形がここにはある。
たおやかな起伏の中に、円錐形の山が点在する風景。
その一つ一つに大斜面を秘めて、そこには春スキーという名のこの世の極楽がある。
南八甲田の雪の台地に腰を降ろして、
大岳から高田大岳の稜線を眺めるのが好きである。
かつて星空を眺め宇宙の果てに思いを巡らした頃、
それに比して卑小に思えた地球で眺める風景のすべてが色あせて見えた。
そんな時は、ただただ無心に風景を眺めて、時の過ぎるのを忘れていた。
地球の円みさえも感じ取れる起伏の少ない広大な大地の真ん中。
自分の存在を確かめながら眺める春の南八甲田の峰で、
意識さえも感じさせない深淵な宇宙ではなく、
確かに周囲に広がって限りない、無辺の宇宙の存在を感じた。  

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大岳山頂に至る外輪山も春は和らぐ。

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高田大岳の春は谷地温泉への長い滑降ルートが魅力だ。

樹氷群と山毛欅の森で
風雪に喘ぎ、人は憩う場もなく樹氷の群れの中で
ひたすら体を丸めて風に逆らおうとする。
木々は氷雪を身に纏い、
あたかも訪れる者を拒むかのように、
深い闇の中で春の夢を見る。
刺すような冷気の一瞬の晴れ間に
風と雪と寒さが作り出す素晴らしい造形に息をのむ。
風雪に追われ、やっとの思いで山毛欅の森に辿り着くと、
途端に風は和らぎ、雪は柔らかに梢を舞い降りてくる。
木々の温もりが森全体に漂い、
頭上で轟々と鳴る風雪の山を忘れさせる。
静けさが森の豊かさであるような安らぎに満ちて、
のびのびと体を伸ばす。
樹氷の過酷な美しさと
芳醇な山毛欅の森のおおらかさの対照的な世界を往き来して、
冬のあるがままの姿に久しぶりに胸の高まりを感じた。

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大岳と樹氷

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大岳を目指して

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大岳山頂

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大岳の北面を滑る。

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横岳の樹氷

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大岳ヒュッテ付近を行く

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田茂萢のパーティ

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前岳へ
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前岳と靑森湾を望む
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硫黄岳を目指して

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小岳と高田大岳を望む硫黄岳の滑降

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GPSのない時代、竹竿は必携だった。

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大岳を望む


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プロフィール

bunatoiwana69

Author:bunatoiwana69
山のソナタ集へようこそ!
19の時から山登りを始めて現在75歳。
東京の京橋に生まれ、都会に育ちながらも山の自然に憧れる。
脇目も振らず、馬鹿のひとつ覚えで山登り一筋。
時々の風景と想いを切り取りブログにしました。

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